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2017年5月16日 (火)

安倍首相の「加憲」案は失投である。

 安倍首相が最近、「2020年を新しい憲法が施行される年にしたい」と述べ、憲法9条の1項と2項にはまったく手をつけずに、第3項に自衛隊の合憲性を明記する「加憲」案を表明しましたね。たとえばJ-CASTニュースは次のように報じました。

 《安倍氏は憲法記念日にあたる5月3日の読売新聞朝刊のインタビューや、同日に開かれた改憲派の集会に寄せたビデオメッセージで、(1)2020年までに憲法を改正し施行を目指す (2)現行の憲法9条1項と2項は維持し、新設する3項で自衛隊の根拠規定を設ける、ことなどを表明。野党時代の12年に自民党が作成した改正草案には「こだわるべきではない」としており、従来と比べて「ハードルの低さ」を強調した。》(https://www.j-cast.com/2017/05/08297341.html?p=all

 唐突といえば唐突で、この首相がとにかく憲法に変更を加えたいというだけで、定見を持っていないのではないかとも疑われますが、しかし、こうして先手を打たれた護憲派は、またぞろ対応に戸惑っているようです。 
 
 民進党などからは、憲法改正の発議をするのは立法府・国会なのに、現行憲法遵守義務のある行政府の長たる首相が改憲提案をするのはケシカラン、などという反発が出ていると聞き及びました。このような反発を示す人は、議院内閣制では与党と内閣が一体であることを認識していないのはないでしょうか?憲法を遵守することと、その内容について改定を提案することとは何ら矛盾しません。
 
 また、朝日新聞などは、2017年5月9日付けの社説に、「首相のこの考えは、平和国家としての日本の形を変えかねない。容認できない」などと書きました(http://digital.asahi.com/articles/DA3S12927391.html)。しかし、今日の日本国民の大多数は、自衛隊の合憲性を明文化すること自体を、「平和国家としての日本のあり方を歪める」行為などとは考えないでしょう。
 
 今日、日本の憲法学者のうち、自衛隊の存在を違憲と判断している学者のほうが多いことはよく知られています(https://togetter.com/li/851500)が、学説の正しさは多数決で決まるものではないでしょう。また、それを合憲とする学者のうちには、首都大学東京法学系教授・木村草太氏のように憲法13条を合憲性の根拠に持ち出す(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/49041)ケースが目立ち、従来の内閣法制局の解釈もそれを踏襲していたとも聞きますが、これはシンプルさを欠くねじ曲がった主張で、こじつけの誹りを免れないと思います。

 私はといえば、13条など持ち出さなくても、究極的には自衛隊の存在を合憲と見なせると考えています。なぜなら、憲法9条が放棄を宣言しているのは「国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使」だからです。さらに、9条2項の冒頭には、「前項の目的を達するため」という文言が置かれている(いわゆる「芦田修正」)からです。つまり、自然法主義に立てば、憲法もまた実定法として自然権を尊重しなければならないからして、どんな憲法も、日本人が人間として生まれながらに有する自然権として自衛権(=正当防衛権)を奪うことはできない筈であり、そうだとすれば、日本人の国家が自衛(=正当防衛)のために保有する戦力(=自衛隊)は違憲ではないと言えるのです。

 但し、もし前述の立論がただちに自明ではないとすれば、憲法9条に第3項を設け、そこに、日本国も自衛のための戦力は保有することができると明文で書き加える「加憲」を、一つの選択肢として積極的に考慮してよろしいでしょう。たとえば、自由党代表の小沢一郎氏などはかねてよりこのような立場を表明してきました。
 
 それなら、憲法9条に関するこのたびの安倍首相の提案は、戦術的な下心がどうであれ、小沢一郎氏の持論や、それを良しとする私などの考え方に合致するものでしょうか? 答えは否です。安倍首相の「加憲」提案は、実は似て非なるものです。そして、あえて言えば、この「加憲」提案を打ち出したのは明らかに安倍首相の失投です。このボール、野党側は的確に打ち返すべきです。
 
 打ち返し方は以下のとおりです。
 
① 憲法9条に第3項を設けて、そこで自衛隊の合憲性を明文化するのは王道である。

② ただし、この王道を、現行憲法がかつてのケロッグ=ブリアンの「パリ不戦条約」から受け継いでいる平和主義原則に整合させるには、旧・周辺事態法の地理的限定を超える自衛隊の海外派兵を集団的自衛権の名で合法化した(違憲立法の)安倍安保法制の廃止が必須である。

③ 野党は、9条に第3項を加えて自衛隊の合憲性を明文化しようという安倍首相の提案に対し、その「加憲」が9条の第1項と矛盾しないためには、旧・周辺事態法の限定を超える自衛隊の海外派兵を合法化した2015年の「平和安全法制」(=安倍安保法制)の廃止が必要不可欠の条件となることを強調し、その条件が満たされるならば賛成する、という態度を採用すればよい。

④ そうすれば、安倍安保法制が、自衛隊の存在の合憲性と根本的に矛盾する事実を浮かび上がらせることができる。

⑤ なお、国連の集団安全保障は、集団的自衛権の行使とはまったく別物なので、その集団安全保障には武力貢献もできるよう、現行のPKO法を改正すると同時に、自衛隊、もしくは別の部隊の用意も整えるべきである。

 こういうわけで、このたびの安倍首相の「加憲」提案は、メディアで「くせ球」だとか言われていますが、本人は手品のつもりでも、完全な失投なのです。
 
 野党や在野の反安倍言論人の多くが、こんな失投のボールすら打ち返せず、「安倍政権下での改憲にはどんな改憲でも絶対に反対!」などという教条主義に逃げてしまっているのは、情けないかぎりです。【2017/05/16記す。】

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コメント

ご意見に賛同します。護憲派が安保法制を持ち出して反論しないのを不思議に思って色々と検索していたら、先生のブログが目に留まりました。

安倍総理としては、護憲派を分断するために9条3項加憲説を提唱したのだと思いますが、目論見どおり護憲派は対応に苦慮しているようです。自衛隊の合憲性や9条2項の解釈に関して、曖昧なまま放置してきたツケなのでしょう。

今回の安倍提案は、自衛隊は必要最小限の実力組織である限度で許され、それを超えると許されないことを自認してしまっているので、明らかに失投でしょう。反論する側としては、必要最小限の実力組織である限度とは何かを法的にきちんと定義して9条3項の文言に入れないと自衛隊の合憲性論争に終止符が打たれないので、入れてくれと迫ればよいだけだと思います。

安倍総理が自民党内部の意見集約を無視して、自民党総裁として3項加憲案を発表したのも失投だと思います。自民党内部の意見が安倍総理の意向で簡単にひっくり返されるのなら、今後の議論は安倍総理とするしかないので、公開で討論しましょうと、言ってやればよい。討論が苦手で憲法知識があやふやな安倍総理にはどんどん公開の場で発言させるべきでしょう。

護憲派の内実は自衛戦争を認める見解なのだから、「憲法9条に第3項を設けて、そこで自衛隊の合憲性を明文化するのは王道である。」と言い切ることには何の問題もないはずなのに、未だに非武装中立に未練があるために、それが言い切れないのですね。

国民投票での論点を、「自衛隊を憲法に明記すべきか」であると考えてしまうと、安倍総理の思うつぼで、護憲派は完敗してしまうでしょうね。国民投票での論点は、自衛隊を憲法にどのように明記するかです。

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